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②不妊症治療で2回の子宮筋腫手術

子供の頃からずっと生理痛がひどかった

中学生のころから、生理痛がひどくて学校や仕事を休んだりしたこともあるのに、28歳で結婚するまで婦人科に行くことがありませんでした。
やっぱり恥ずかしいし・・・という理由で。生理は病気じゃないから、つらくても病院に行くという発想が私も家族もありませんでした。婦人科の話とかは友達ともしたことはありませんでした。
今考えればもっと早く行くべきだったと思います。いま、生理の痛みや出血などで、つらくて悩んでいる方がいれば、ぜひ婦人科を受診してくださいと言いたいです。



子宮筋腫発見と不妊治療

結婚して、31歳で第一子を授かりました。一人目の妊娠の時は結婚してなかなか子供を授からなかったので心配になり、婦人科で子宮卵管造影検査などの不妊の検査をして、卵管が狭くなっているところが見つかって、不妊治療をはじめようかというときに幸運にも妊娠しました。
二人目も希望してましたが自然妊娠ではなかなか出来ないので、夫と二人でまた不妊治療をはじめようかと思った矢先、36歳でうけた婦人科検診で子宮粘膜下筋腫があることが発覚。

その時女性の婦人科の先生に言われた言葉は絶対に忘れることができません。

女性婦人科医師

36歳で子供もいるし、もう子宮摘出しても大丈夫よね

すごくショックでした。医師には症状からみて当たり前のことを言ったつもりだと思いますが、当時の私は同性の方にそんなつらいこと言われるなんておもってもみなかった。まだ30代だったし、子宮は残したい。できれば二人目がほしいんだと伝えると、「ああ、そうなの」と大学病院を紹介してくれることになりました。

不妊治療をかねて、2度の子宮筋腫手術(TCR)

紹介された大学病院には不妊治療で有名な医師がいるので、受診し相談すると、筋腫があると着床しにくいとのことで、子宮内膜にこぶのように出ている部分は削って子宮温存して、妊娠を目指そうということになりました。

ホルモン療法(リュープリン)と筋腫だけを削るTCR(Transcervical resection)、経頚管的切除術法で、子宮の入口から内視鏡を入れ子宮内に突出した子宮筋腫(粘膜下筋腫)を電気凝固により切除する方法の手術を不妊治療もかねて、37歳の時と38歳で2回しました。

その手術後、通院していましたが、結局妊娠することはなく40歳になってしまい、医師から40歳を超えると妊娠確率がぐんと下がるからといって体外受精を勧められましたが、主人はタイミング療法は協力するけど、体外受精には抵抗があり同意してくれなかったので、二人目の子供はあきらめることにしました。

本当に二人目が欲しかったんですが、一人授かっているのだから自分には二人目は贅沢なことだと自分に言い聞かせてあきらめました。

この二人目不妊のことは、わたしはだれにも言っていません。母親にさえ相談はしませんでした。誰かに相談すれば、つらくてやりきれない思いがあふれてしまい、自分がおかしくなりそうでした。兄弟を作ってあげたかったなと今でもつらくなる時があります。

不妊治療中止後、1年に1回の人間ドックでは婦人科検診で筋腫の大きさは経過観察していましたが、定期的にチェックできてれば問題ないと思っていたので、婦人科には通院していませんでした。

でも41歳の時ぐらいからだんだん出血が異常に多くなり、貧血もひどくなってきました。筋腫が出来る前から生理の出血は多いほうだと思いましたが、本当に1週間程度だった生理の期間がだんだんと伸びて、出血量も比例して多くなり、最終的には生理がない期間がないほど常に出血があるような状態にまでなりました。

そのようなひどい状態でも、私は自営業なので人手がなく、仕事も休むことも難しかったので、病院にもなかなかいけません。自分でも、まだこの状態を軽く考えていたせいもあり生理なんだから我慢さえしておけばいいのだろうとかんがえていたのです。

人間ドックで過多月経による貧血の深刻さを指摘される

42歳の人間ドッグの日に血液検査でヘモグロビン6.9子宮筋腫は6センチになっていました。過多月経もかなりひどくなってきていました。
婦人科の先生には、貧血があまり続くと心臓に負担がかかって肥大しまうので、早めに子宮筋腫の治療を始めることをすすめられました。

このひどい貧血状態で、よく働けるね。いつ倒れてもおかしくないよと医師に言われて症状のひどさを認識。階段も上がるのもゼイゼイいうほどつらかったのに、自分ではそんなにひどいとは自覚していなかったのです。ずっと貧血だったので、つらい症状も慣れてしまっていたのかもしれません。これ以上深刻な状態になるのは嫌なのでようやく近くの婦人科へ行くことにしました。

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